広州2010アジアパラ競技大会 — 2011/1/12 水曜日 at 10:44:03

【広州アジアパラ観戦記1】ブラインドサッカーを観に広州に行ってきた。

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広東奥体中心(オリンピックセンター)のホッケー場で行われたブラインドサッカー。3位決定戦<日本vs韓国>を前に君が代を斉唱する日本選手

はためく国旗、緑の芝に映えるカラフルなサイドフェンス、広大な広場にそびえ立つスタジアム、黄緑色のユニフォームに身を包んだ多くのボランティア。会場となる建物は、夜になれば赤や青の電飾で彩られる。大会開催中の広州は、約2年前の北京オリンピック・パラリンピックを想起させるお祭りムードだった。

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案内所には当日の競技スケジュールが掲示されていた

12月、広州アジア大会後に開催された「アジアパラ競技大会」5人制サッカー(ブラインドサッカー)を観戦してきた。アジアパラ競技大会は、19競技・約4000人が参加した大規模なイベントだ。ブラインドサッカーは、ロンドンパラリンピック切符がかかった大会とあって出場する各国の選手の気合も十分。アジア大会とはいえ、パラリンピックと名の付く大舞台で戦う日本代表を、自分の目で見ておきたかった。

私がブラインドサッカー(視覚障害・5人制サッカー)の国際大会をはじめて目にしたのは、2004年、アテネパラリンピックが開催されたヘレニコ・オリンピック・ホッケーセンターだった。青く美しい空のもと、滑らかにボールを運ぶブラジル選手、ゴールへひた走る韓国の選手たちを見て、出場していなかった日本の選手にもこのピッチに立ってほしいと思ったのを覚えている。

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PK戦で敗れた日本は、呆然とピッチに立ち尽くした

それから6年が経ち、その間に日本は世界大会に出場して南米や欧州の国と対戦するなど経験を積んだ。一年前のアジア選手権ではライバルの韓国に勝利し、パラリンピック初出場の悲願達成は近づいてきたように感じられた。だが、パラリンピック出場をかけた1度目の決戦となった、アジアパラ競技大会。現地で見たアジアの国々は強かった。日本も進化したけれど、世界はどんどん強くなっていた。とくに決勝で中国相手に善戦したイランの目覚ましい成長には、恐ろしささえ感じた。

2010年12月18日、広東奥体中心(オリンピックセンター)のホッケー場で行われた3位決定戦。予選3位の日本は、同4位の韓国と引き分けた。日本の黒田や佐々木のシュートが外れる度にゴール裏の観客がため息をついていた。きっと中国の観客も日本のゴールを待望していたに違いない。そして、日本はPK戦1-2で敗れ、大会を4位で終えた。

悔しさを胸に刻んでいたのだろう。メダルセレモニーが終わるまで、観戦席でじっと耳を澄ましていた日本選手たちの姿が印象的だった。今大会では2008年北京大会2位の中国が、ロンドン大会の切符を手にした。残る切符は、2011年のアジア選手権で1位になった国に与えられる。新年を迎え、決意新たに闘志を燃やしているであろう、ブラインドサッカーJAPANの巻き返しに期待したい。

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観客に静かな観戦をお願いするボランティア

▼広州アジアパラ競技大会 5人制サッカー

1位 中国
2位 イラン
3位 韓国
4位 日本
5位 タイ

(瀬長あすか)