ウィルチェアーラグビー日本代表、リオにつなぐ4位

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北京大会の後、米国トーナメント参戦で当たり負けないパワーと自信を身につけた仲里進。強い気持ちで戦い抜いた(撮影/吉村もと)

ウィルチェアーラグビー日本代表のロンドンパラリンピックのテーマは“結”。チーム一丸となって、それぞれが自分の役割を全うして戦うことだった。

今大会、唯一出場がなかったバイスキャプテンの三阪洋行(バークレイズ証券)は、選手目線でメンバーチェンジを行う役割を担い、ベンチワークに徹した。「1プレーヤーとして葛藤する部分はあったが、ここまで来たらチームのメダルという目標のために、自分ができることをやろうと思った」

エースの池崎大輔(北海道ビッグディッパーズ)を休ませたい一心で「俺ががんばらなければいけない」と語っていたのは、アテネの8位、北京の7位と2回、惨敗した経験を知る島川慎一(バークレイズ証券)。

一丸となったのは選手だけではない。ベンチのスタッフも、毎試合前の国歌斉唱で必ず肩を組み、気持ちをひとつにして試合に臨んだ。

池崎のプレーは米国に研究されていた

3位決定戦の相手はまさかの米国

ロンドンパラリンピック最終日の9日(現地時間)、オリンピックパーク内のバスケットボールアリーナで銅メダルをかけた3位決定戦が行われた。日本は米国と対戦。優勝候補の米国が3位決定戦に回ってくるとは想像していなかっただけに、チームは動揺を隠せなかった。だが、たとえ相手が世界ランキング1位の米国であろうとも、ここで倒さなければメダルはない。選手たちは強い気持ちで試合に挑んだ。

立ち上がりから日本はアメリカの激しいプレッシャーに苦戦し、先制されたものの、池崎と仲里進(フィールズ)がパスをつなぎ、流れを引き寄せた。

だが、6月のカナダカップで日本に敗れるまで6年間無敗だった米国も攻撃の手を緩めない。2人がかりのタックルで仲里を止めて、日本にチャンスを許さず、バックコートに押し込んだ。官野一彦(千葉市役所)は「ゴールに向かう池崎がアメリカの選手を抜き、抜かれた選手が抜き返そうと追ってくる。個々の選手の気持ちの強さを思い知った」と振り返る。
状況に応じてラインをスイッチする米国に対応できない間に、じわりじわりと点差を広げられた。

第3ピリオドが終了して点差は8点。日本のベンチは疲れの見えたファーストラインでそのまま戦い続けることを決断した。「最終ピリオドの前、ベンチの三阪に『この点差をひっくり返せるのはこのラインしかない』と言われて、もう一度集中することができた」とは仲里。チームの信頼を得た4人は、再び覚悟を決めてコートに入った。

最終ピリオドに入って10点差が開いた。それでも、「流れを絶対に掴めると信じてプレーした」と仲里は言い、「最後のブザーが鳴るまで、誰一人あきらめていなかった」と三阪。

43-53で試合終了。最後まで戦い抜いた日本代表を、約1万人の観客がスタンディングオベーションでたたえた。日本の最終順位は4位。悲願のメダル獲得はならなかった。

ラインの強化がメダル獲得へ向けた課題

岩渕典仁ヘッドコーチは言う。
「12人の選手がどのタイミングでコートに出ても戦える状態を作り、いろんなラインのレベルを上げていかないと世界では勝てない」

日本にはファーストラインの他に2つのラインがあるが、いずれもファーストラインには劣る。他国はまるでアイスホッケーのメンバーチェンジのように、状況に合わせてメンバーを入れ替えてくる。選手層が厚くなければ、世界では戦えない。米国戦は、その課題を改めて痛感させられる試合だった。

試合終了後、泣き崩れる池崎をねぎらう選手たち

日本国内の競技人口は100人ほど。池崎は「まだ知名度が低い競技。メダルを取ってその状況を打開したかった。だからすごく悔しい」と言って、唇をかんだ。

4年後、リオでこの悔しさを晴らす

日本には世界との差を痛感させられる試合がもうひとつあった。準決勝で対戦し、45-59で敗れたオーストラリアとの一戦だ。日本はその中心選手であるライリー・バットに歯が立たず、マッチアップした池崎は悔しそうな表情でつぶやいた。
「4年後のリオで見てろよ、この野郎」

キャプテンの佐藤佳人(ユニ・チャーム)は、前を向いて言った。「世界を相手に、全然やれていないことはなかった。今回は小さい連携ミスが響いたけれど、そこを修正していけば自分たちは勝てるはず。ジャパンは強い。この負けた経験を必ず次につなげる」

彼らにその強い思いがある限り、ウィルチェアーラグビー日本代表はもっともっと強くなるはずだ。