車いすテニス — 2009/4/15 水曜日 at 10:45:06

「自分の可能性に挑戦」車いすテニス世界王者・国枝選手がプロ転向を表明

by

プロ転向会見を行う国枝選手
プロ転向会見を行う国枝選手=2009年4月13日

「自分の可能性にトライしていきたい」――。
絶えることのないハングリー精神。それが世界を獲った国枝の強さの理由かもしれない。

北京パラリンピック車いすテニス金メダリストで、現在、国際テニス連盟車いす部門の世界ランキング一位に座る国枝慎吾が、13日、岸記念体育館にてプロテニスプレーヤー転向を表明した。

テレビカメラ8台、50人以上の報道陣を前に、緊張した面持ちの国枝は、紹介VTR上映後、挨拶をした。 「本日より私国枝慎吾はプロとして活動していくことになりました。北京後、今後を考え、自分自身の可能性、車いすテニスの普及と発展など多角的に考えて今回の決断に至りました。テニス一本で生活していくことは厳しい道と覚悟しています。しかし、それを成し遂げられたら障害者スポーツに携わる多くの方々に夢を与えられるのではないかと思っています」

プロ転向を意識し始めたのは2006年10月、USオープンで優勝し、初めて世界ランキング一位に就いたとき。しかし、現在、遠征などの諸経費に年間300〜400万円を費やしており、収入面などでプロ転向後の生活が甘くないとの自覚があった。07年には、車いすテニス界初のグランドスラムを達成したが、スポンサーや周囲の理解を得るためには、北京パラリンピックで結果を出すことが大前提だった。

「世界のクニエダ」になった今、彼の最大のモチベーションは、自分のプレーをより魅了するものに磨くことだという。
「世界一になったときに感じたことは、人間の可能性は、全力でやってみなくてはわからないということ。まだまだ成長できると思っています」
テニスに専念できる環境に身を置き、より高いパフォーマンスを追求したいという思いが、プロ転向へ決断する決め手となった。

国枝はフェデラー、ナダルらを手がける大手マネジメント会社IMGと契約。麗澤大がパッチスポンサーとなることが決まっているが、メインスポンサーは決まっていない。生活の基盤を作るためにも、これまで以上に「魅せて勝つ」ことが要求される。

未知への挑戦。その道は、ロンドンパラリンピック単複優勝に続いている。

リンク→Pick up Athletes Vol.1「未開の荒野へ――。歩みを止めない世界王者(前編)」

(取材:瀬長あすか)

※一般にプロ転向は、協会など統括機関にプロ登録を行うことだが、障害者スポーツの場合、その形態は様々。それまで正規社員として勤めていた職場を離れ、競技中心の生活に身を置くことを指す場合が多い。国枝選手の場合、昨年12月まで職場としていた麗澤大を辞し、IMGと契約。これまで遠征費は麗澤大に負担してもらっていたが、今後は大会の賞金とスポンサーの契約料で競技生活を送ることになる。
なお、障害者アスリートのプロ第一号は01年の土田和歌子(陸上)とされ、他に、岡紀彦(卓球)、廣道純(陸上)、鈴木徹(陸上)らがいる。車いすテニスでは、国枝が初めて。