冬季競技, 車いすカーリング — 2014/3/17 月曜日 at 23:32:57

車いすカーリング、日本に必要な環境改善と強化策

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3連覇を達成したカナダチーム。4年後、平昌で頂点に立つのは果たしてどのチームか?(撮影/吉村もと)

ソチ五輪でカーリング女子日本代表が活躍したアイスキューブカーリングセンターで15日、ソチパラリンピックの車いすカーリング決勝が行われ、カナダが地元ロシアを8−3で破り、3連覇を成し遂げた。

車いすカーリングがパラリンピックの正式種目になったのは、2006年トリノ大会。つまり、金メダルを手にしている国は、まだカナダのみということだ。だが近年は、12年に世界選手権を制したロシア、13年の同選手権でカナダに次ぐ2位の成績を残したスウェーデン、急成長中の中国も存在感を放っており、各国が競い合うことで底上げされている。

一般のカーリングとほぼ同じルールで行われるが、スウィープ(ブラシで氷をこする動作)がないことが最大の特徴だ。車いすユーザーでも、低い姿勢からストーンを投げられるように開発された「キュー」と呼ばれる専用のスティックを使用して、ストーンをデリバリーする。その時に車いすが動かないよう、他の選手が支えることが認められていて、ブレのないリリースが可能になる。

年齢を重ねても第一線で活躍できるのも特徴だ。たとえば、カナダのスキップ、ジム・アームストロングは63歳。また、ソチパラリンピック出場国の平均年齢も43歳と他競技に比べると高い。メンタル面も重要で、経験がものをいう。

地元の観客の大声援を受け、準優勝したロシア代表

今大会は、4年前と比べ、「キュー」や座った状態でストーンをリリースする際の支えとなる「ポール」の開発も進み、今まで以上に精密なドロー(「ハウス」と呼ばれる円の中にストーンを止めること)で勝負を争うようになってきた。

パラリンピックのカーリングは男女混合のミックス。女性1人以上で構成する条件があるが、カナダは長年、女子選手2人がリードとサードで活躍する。とくにこのサードが、男子選手に交じってストーンをはじき出すパワフルなショットを決め、戦力の中心になっていることは、今回取材をして印象に残ったことだ。

日本、ソチは出場逃す

日本はソチパラリンピックには出場していない。10年の世界選手権予選(フィンランド)と12年のプレーオフ(スウェーデン)で上位に食い込めず、「世界選手権累計ポイントランキング」上位10カ国というパラリンピック出場条件を満たさなかった。

日本では、06年トリノ大会で車いすカーリングが正式種目になることを受け、04年に日本の草分け的な「信州チェアカーリングクラブ」が発足。集中的な強化に取り組んできた。その後、少しずつ競技人口が増え、国内で予選会を行うほどになった。信州チェアカーリングクラブが日本代表として出場した前回のバンクーバーパラリンピックの結果は、10カ国による総当たりの予選リーグを戦って、3勝6敗の10位と惨敗。しかし、5カ国が同じ勝率で並ぶ混戦ぶりで、決勝進出の可能性もあっただけに、選手たちはそれぞれ手応えを得て帰国した。

しかし、今回のソチ大会は出場を逃した。日本が再びパラリンピックの舞台に戻るために必要なこととは何か。

それは、どのマイナースポーツも直面する「競技環境の問題」と切り離せない。選手は仕事などで十分に練習に打ち込めず、海外遠征にも積極的に参加できないのが現状だ。五輪のカーリングの認知度向上によって、通年で使用できるリンクは増えているものの、北海道や長野など特定の地域のみでできるスポーツという現状は変わらない。競技として取り組む人が集まらず、試合に参加することさえ困難なチームもある。

今までは選手が不足していても、大会に向けた強化次第でパラリンピックに出場もできた。しかし、世界のレベルが上がった今、日本は厳しい状況に立たされている。

競技環境の改善へ――平昌出場は必須

選手は「結果を出さないと環境は変わらない」と言うしかなく、環境を今すぐ整えることは難しいかもしれないが、各国から学ぶことはある。

バンクーバー大会の日本代表・小川亜希もソチを訪れた

例えば、バンクーバー大会で銀メダルを獲得し、今大会も出場を果たしている韓国は、統括団体の手厚いサポートにより、競技人口が増えており、国内の選考が激化しているという。また、国を挙げて強化に取り組むロシアは、チーム単位で代表争いをするのではなく、強化選手を招集し、その中から代表チームを構成した。選手間の競争が今回の躍進につながったに違いない。

今回、バンクーバー大会日本代表の小川亜希が競技観戦のためソチを訪れた。主要国際大会への出場権を逃している日本では、なかなか生の情報を得られないからだ。

「上位国の選手のショット率の高さに鳥肌が立った。氷の状態を読む技術も高くて、世界のレベルは想像以上に上がっている。それに、(満席の)この歓声の中でプレーするのは、緊張もするだろうけど、気持ち良いと思う。私も、もう一度あの舞台で戦いたい」

競技人口を増やし、競技環境を改善するためにも、18年平昌(ピョンチャン)出場は、必須である。これからの奮闘を期待したい。

(取材・文/瀬長あすか、撮影/吉村もと)