Pick up Athletes Vol.3

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2010年9月26日、ウィルチェアーラグビー世界選手権決勝、オーストラリア対アメ リカ。ベンチに下ろされたライリー・バットは、ひと一倍大きな体をすぼませて、コー ト上の一点を見つめていた。2006年の世界選手権以降、オーストラリアはアメリカに勝 ち星を挙げられず、連覇を許している。45-57で試合終了。「またアメリカに勝てなか った」。優勝したアメリカが喜びを爆発させる。アメリカのディフェンスに動きを封じ られたライリーは、フラストレーションを感じるばかりだった。それでも、パワフルな プレーで圧倒的な存在感を放ち、大会MVPに輝いた。

「障害者が乗るものだとおもっていた」車いす競技との出合い

先天的な四肢欠損の障害がある。父親はトライアスロンをしていて、スポーツが身 近にあった。幼少時代は、スケートボードに乗って過ごし、8歳まで車いすに乗らなか ったという。「だって、車いすなんて障害者が乗るものだとおもっていたから(笑)」 。車いすに乗るようになってからは、レーシングモーターバイクに夢中になった。そし て、12歳のとき、ウィルチェアーラグビーに出合った。

車いすごとぶつかり合うコンタクトプレーとスピード感。スポーツ好きのライリー 少年にとって、ウィルチェアーラグビーほど魅力を感じるものはなかった。なによりも “世界で戦える”という点がこの競技の魅力。13歳でオーストラリア代表チームに加入 すると、世界は着実に近くなっていった。

若冠15歳でアテネパラリンピックに初出場を果たした後、2007年にアジア・オセア ニアゾーン選手権で金メダル、2008年に北京パラリンピックで銀メダルを獲得した。そ の後は、国際大会の他、オーストラリア国内のリーグ戦やトップ選手が集まるアメリカ のトーナメントで活躍。いまや世界一のプレーヤーと称されるアスリートだ。

北京パラリンピック決勝で敗れた悔しさを胸に

競技生活の転機となったのは、銀メダルに終わった北京パラリンピック。決勝でア メリカに敗れた悔しさから、よりハードにトレーニングに励むようになった。とくに車 いすの推進力に直結する上半身の筋トレは、トレーナーが作成したメニューを週に6日 間、1回につき10セット行う。北京のころは、ぽっちゃりとしていた体も引き締まった 。

タレント揃いで、組織力も精神力も高いアメリカに、個人技では太刀打ちできない ことは、先の世界選手権で痛感している。オーストラリアがアメリカに勝つために必要 なこと。それは「コーチング、布陣、戦略」だという。やらなければならないことは山 積している。2012年ロンドンパラリンピックまで、本場アメリカのシーズンには参加し ない。自らがリーダーシップを執り、オーストラリア代表を強化するためだ。「今の目 標は、ロンドンでアメリカを倒して金メダルを獲ること。今までの悔しさを晴らしたい からね」

ロンドンで表彰台の中央に上ったとき、ライリーは真のナンバーワン・プレーヤー になる。

(取材・文:瀬長あすか、通訳:太田美樹子、写真:吉村もと<世界選手権@カナ ダ>、瀬長あすか<インタビュー@オーストラリア>)


アスリート・プロフィール

Ryley Batt(ライリー・バット)

Ryley Batt(ライリー・バット)
持ち点3.5クラス。1989年5月22日生まれ。オーストラリア・ポートマックアイアリー( ニュー・サウス・ウェールズ州)出身。12歳からウィルチェアーラグビーを始める。13 歳でオーストラリア代表となり、アテネパラリンピック、北京パラリンピックに出場。 2010ウィルチェアーラグビー世界選手権(カナダ)のMVP。国内リーグ(NWRL)では、G IO NSW Gladiators に所属、2011NWRLではMVPを獲得している。趣味はモーターバイク と水上スキーなどのマリンスポーツ。

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