スキップの中島がゲームを組み立てる=2009年3月29日車椅子カーリング日本選手権
3月28日・29日、“チーム青森”の拠点、青森市スポーツ会館カーリングホールで、第5回日本車椅子カーリング選手権(日本カーリング協会主催)が行われた。全国6チームのチェアカーラーが、2010年バンクーバーパラリンピック日本代表の座を賭けて緊迫したゲームを繰り広げた。
国内で唯一国際経験がある“信州チェアカーリングクラブ”
過去4年間、日本一に座る信州チェアカーリングクラブ(長野)は、国際大会を4度経験している国内屈指の強豪。シーズン中は、週に2回程、軽井沢や御代田(長野県北佐久郡)のコートで練習するほか、健常者のオープン大会、長野県内で開催されているリーグ戦などに出場して力をつけてきた。
大会は、総当りのリーグ戦で行われ、信州チェアカーリングクラブが、冷静な判断力、確実なショット、豊富な実戦経験で他チームを圧倒し、大会5連覇を達成。バンクーバーパラリンピックの日本代表チーム内定(※)を、全勝優勝で勝ちとった。
2日間で5ゲームをこなすハードスケジュールだったが、実戦経験で他者に勝る4選手の集中力は見事だった。有利な展開のなか、相手チームにナイスショットを決められても、残り一投を確実に決める。進路を阻むストーンの隙間を狙って巧みにストーンを滑り込ませる。そんな鮮やかなショットが生まれる度に、相手チームからも拍手が送られた。 スキップの中島洋治選手は、チームの強さの秘密を「運かな?」と言って謙遜するが、世界の舞台で戦ってきた自信、そこで培ってきた冷静にゲームを組み立てていく力によるものだろう。
日本一の称号を手に、世界へ
選手が動かないようにチームメイトが車椅子を固定、キューというスティックを使用してストーンをデリバリーする。写真はease埼玉チェアの選手
2004年にチーム結成を呼びかけた内田清司選手(日本チェアカーリング協会会長)も、チームの勝利を喜ぶ。トリノ大会でチェアカーリングが正式種目となってから、パラリンピック出場を第一目標に掲げてきたというから、感激もひとしおだ。「カーリングのルールさえ知らなかった当時から格段に上手くなった。男女、年齢、障害の有無に関わらず、参加できることがこの競技の魅力。そんなチェアカーリングを広く知ってもらうためにも、パラリンピック出場を目指してきた」という。
一部からは、日本の団体競技では数少ない、メダルを獲得できると期待が寄せられるカーリング競技。世界大会を見てきた関係者からは、世界との壁はないとの声もある。「出るからには入賞を狙う」と話す比田井隆選手の言葉も頼もしい。
しかし、チェアカーリングは、健常のカーリングチーム以上に競技環境は整っておらず、選手は仕事などで練習に打ち込める環境にない。バンクーバーのような遠隔地での大会は、移動によるコンディション調整が難しいとの問題もある。また、日本は2008年度の世界選手権に出場できなかったため、世界から遅れをとっているといえる。市川勝男選手は、「世界大会では、氷の状態を瞬時に見極め、作戦を組み立てることが大切。今年バンクーバーで行われているプレパラに出場していないのは、パラリンピック出場10ヵ国中日本チームだけでは……」と不安をのぞかせる。
バンクーバーパラリンピックまであと1年。氷上だけにとどまらない、選手たちの挑戦がはじまった。
(取材:瀬長あすか)
(※)日本は、2006年から2008年までの世界選手権累計ポイントによるランキングで10位となり、バンクーバーパラリンピック出場権(出場枠10ヵ国)を獲得。
今回の日本選手権は代表チームの選考会を兼ねており、優勝した信州チェアカーリングクラブが代表候補チームとなった。その他チームが優勝した場合、強化指定チームである信州チェアカーリングクラブと優勝チームがトライアルを行い、勝利したチームが日本代表候補になることになっていた。代表候補となった同チームは、日本パラリンピック委員会の承認を経て日本代表となる。
なお、チェアカーリング競技で日本がパラリンピックに出場するのはバンクーバー大会が初めて。
第5回日本車椅子カーリング選手権の結果は、以下の通り
優勝 信州チェアカーリングクラブ(長野県)
2位 北見車椅子カーリングクラブ(北海道)
3位 チーム山梨(山梨県)
4位 チェアカーリングクラブ キュー斗(北海道)
5位 ease埼玉チェア(埼玉県)
6位 青森チェアカーリングクラブ(青森県)
日本代表に内定した信州チェアカーリングクラブの顔ぶれ