ロンドン2012, 陸上 — 2012/9/6 木曜日 at 4:37:23

地元英国のトップ車椅子レーサー、デビッド・ウィアー

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地元イギリスの生ける伝説、陸上のデビッド・ウィアー(撮影/吉村もと)

パラリンピック4度目の出場のデビッド・ウィアー。カナダ国営放送では「世界のベスト車いすアスリートの一人」といわれ、イギリス国営放送では「英国のトップ車椅子レーサー」と紹介されているアスリートである。

ロンドン市内南西にあるサットンの出身。生まれつき脊椎が変形しており、足を動かすことができない。彼は若い頃からロンドンのユースの車いすアスリートのスターだった。

学生時代、友達の家族に誘われて「ロンドンミニマラソン」に出場した。その大会では、競技用車いすは認められておらず、彼は通常の車いすを使用したが、その身体能力の高さに周囲が驚いたという。

現在、5000メートル以上の距離の全てのトラックレースとロードレース(10キロ)、ハーフマラソン、フルマラソンのイギリス記録を保持している。

彼がいくつもの種目をこなせるのは、「猛り狂うくらい早いことは、良いことだ」(”the more fast and furious the better”)をモットーにしているからだ。

2008年4月13日、ウィアーは3度目のロンドンマラソンで4位だった。
10年のロンドンマラソンでは、車いすのタイヤがパンクしたにもかかわらず3位という記録を残した。

彼は09年新年の叙勲式にてMBE(大英帝国五等勲爵士)に任命された。そのため、登録選手名ではなく正式な紹介には名前の後ろにMBEがつけられる。

11年、ニュージーランドで行われた大会はイベントの安全性にかかわるとして競技に参加できなかった。過去に3回、その世界選手権の違う種目で優勝してるにもかかわらずだ。後に、大会主催者は「他のアスリートへの安全性に欠けるため」と発表し、激しい非難をあびた。それが彼の今までで最も残念だったことだという。

11年のある日から家族が作る朝食のメニューを変えるのを頑なに拒んでいるというこだわりがある。前回、金メダルを獲得した日に食べた朝食が勝利をもたらしたと信じており、次の金メダルまで続けるつもりだ。

パラリンピックでは、04年アテネ大会で銀メダルと銅メダルをそれぞれ1個ずつ。08年北京大会で金を2個、銀と銅をそれぞれ1個の計4個のメダルを獲得している。

「僕はロンドンっ子でたくさんの友達も見ているから、ここロンドンでの大会は格別な思いがする。観客もすばらしい。僕は全員にお礼を言いたいよ。彼らがロタリー(ロンドンパラリンピックのスポンサーでもあり、掛け金が基金として使われている公益くじ)で僕らに賭けてくれなければ、今回出場しているほとんどのアスリートがここに居られなかったよ」

ロンドンパラリンピックの前、「少なくとも金メダルを一つはとること」と公言していたウィアー。
その言葉どおり、9月2日夜に行われた男子5000メートル(車いす)で1位に。2位と0.25秒差と大接戦だった。会場の万人の大歓声で地面が揺れていると感じるほどだった。

このレースにはウィリアム王子のケイト妃も見に来ており、彼のイギリスでの人気の高さをうかがわせる。

試合直後のインタビューでは、「このレースの30代は、僕と2位のカート・ファーンリー(オーストラリアの31歳)のふたりだけ。老犬がまだこうやって勝てるのはすばらしいことだよ」とロンドンっ子らしくシニカルに語った。

また、翌日の1500メートル予選は3位通過。この日は3時間半しか睡眠をとらなかったそうだ。

5000メートルが終わったのが22時、翌日の朝10時にはもう予選だったが、疲れ知らずの走りを見せた。
彼がチームメートから「野獣」と呼ばれているのも頷ける。

そして9月4日の1500メートル決勝も1位でゴール。この日は彼の両親がはるばる北アイルランドから応援に来たそうだ。

また、彼のフィアンセは臨月のため自宅にて応援。「声がかれるほど叫び続けたわ」というコメントが2人の仲むつまじそうな2ショット写真とともに翌日の新聞に大きく掲載された。

イギリスの新聞各社は、すでに6日におこなわれる800m決勝での3つ目のメダルに期待を寄せている。

(取材・文/加々美美彩)