2018平昌パラリンピック, Writer's eye — 2018/3/21 水曜日 at 18:10:26

【Writer’s eye】若手とベテランの活躍に沸いた平昌パラ、東京と北京ではさらなる飛躍に期待

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エントリーした5種目すべてでメダルを獲得したアルペンスキーの村岡桃佳(中央)(撮影:フォトサービス・ワン/植原義晴)

平昌パラリンピックが閉幕した。アルペンスキー、バイアスロン、クロスカントリースキー、スノーボード、パラアイスホッケー、車いすカーリングの6競技80種目が実施され、冬季大会では過去最多となる49の国と地域から、約570人が熱戦を繰り広げた。国ぐるみのドーピング問題で揺れるロシアの選手は、「中立のパラリンピック選手(NPA)」として参加。また北朝鮮、ジョージア、タジキスタンの選手が冬季大会に初出場したことも話題になった。

38名の選手が参加した日本選手団は、前回のソチ大会を超える10個のメダル(金3、銀4、銅3)を獲得した。アルペンスキー女子座位の村岡桃佳(早稲田大)は、大回転での金メダルを含め、エントリーした5種目すべてで表彰台に登る偉業を成し遂げている。男子座位では、森井大輝(トヨタ自動車)が初日の滑降で銀メダルを獲得。新競技として独立したスノーボードでは、成田緑夢(近畿医療専門学校)がクロスで銅、バンクドスラロームで金。6大会連続出場のノルディックスキー立位の新田佳浩(日立ソリューションズ)は1.5キロスプリントクラシカルで銀、10キロクラシカルで金と、ふたつのメダルを手にした。

大日方邦子団長は、「金メダル3つを含む10個のメダルを獲得できた。複数競技でベテランの選手も若いアスリートもそれぞれに活躍してくれたことを誇りに思う」と話し、選手の健闘を称えている。

好成績をもたらしたサポート体制

レース後、家族と喜びを分かち合う新田佳浩

好成績をおさめた背景には、2014年4月にパラスポーツの管轄が厚生労働省から文部科学省に移管され、翌年にスポーツ庁が発足したことにある。五輪でメダル獲得が期待される競技を対象に専門的な支援を行う「ハイパフォーマンスサポート事業」がパラリンピック競技も対象になり、国が運営するナショナルトレーニングセンター(NTC)や国立スポーツ科学センター(JISS)の専門家によるサポートが受けられるようになった。大日方団長は、「今回、はやくもその成果があらわれた選手もおり、ありがたく、心強く思う」と話す。

例えば、新田もそのひとりだ。メダルなしに終わったソチ大会以降、日本代表の長濱一年コーチと平昌パラリンピックにピークを合わせる「4年計画」を立てた。そのなかで、JISSでのフィジカルトレーニングは重要な要素のひとつとなっており、「毎日吐きそうになるくらい」行ってきた。

スキーチームの荒井秀樹監督も、その成果を語る。「ソチ大会後、すべてのパラ競技のなかでクロスカントリースキーチームが一番最初にJISSの体力測定を利用した。新田が8年ぶりに金メダルを獲得したという今回の結果が、(施設を利用することで)パラの選手も世界で戦えることを証明したと思う」

また、37歳の新田自身も「諦めなければメダルを取れる。ぜひこの思いを東京、そして北京に伝わればいいと思う」と語っている。

光った若手選手の活躍

20代の若手選手の活躍も光った。競技初日のアルペンスキー滑降で、日本選手団メダル第1号となる銀メダルを獲得した21歳の村岡は、報道陣にこう語っていた。「この大会は、私に始まり、私に終わる」。最終日に行われる種目にエントリーしており、この時点では「スケジュールとして」という意味合いの発言だと感じていた。だが、滑るたびに村岡がメダルを首にかけていくうち、複数種目の表彰台を意味するものへと変わり、そして有言実行を果たした。これからは追われる立場になるが、「またさらに上を目指して成長していきたい」と、ぶれない姿勢で4年後に向け、リスタートを切る。

バンクドスラロームで優勝し、初代チャンピオンに輝いた成田緑夢

スノーボードの24歳の成田は、大会直前の2月のワールドカップ最終戦で総合優勝を果たし、その勢いを平昌までつないだ。3本滑走し、最速タイムを競うバンクドスラロームは通常、時間が経つにつれバーンが荒れることが多いが、実際は気温が上がらずコース状況にあまり変化が見られなかった。2本目までトップに立っていた成田は、他の選手がタイムを上げ、3本目勝負になることを想定。最後のランでは、苦戦する選手が多かった前半のバンクで上から下へと切るように滑るラインを選択してタイムを縮め、たったひとり圧巻の48秒台をマークした。パラリンピックという最高峰の舞台でも、冷静さを失わず、最後まで自分の滑りを追求した成田。自身の今大会の目標である「挑戦」を最後まで貫いたことが、結果につながった。

競技環境を整えさらなる強化を

一方で、世界との壁を痛感させられた種目も。前回ソチ大会で日本選手団が獲得した計6個のメダルのうち、実に5個がアルペンスキー男子座位陣によるものだった。だが今回、森井の滑降での銀メダル1個に留まった。日本代表の志度一志ヘッドコーチは、「ベテラン勢にまだできることがいっぱいあるとわかった」としつつ、「海外勢のように、チームとしてはスタッフの専門性をもっと高めていかなければならないと感じた。トレーナーやサービスマン、スタッフでチーム力を底上げし、選手に波及する形にしていかないと」と課題を挙げた。

また、パラアイスホッケーは国内の競技人口が30人前後と少なく、今回も少数精鋭で戦ったが、5戦全敗で最下位の8位に終わった。この10年間言われ続けている人材の発掘と普及・育成は待ったなしの状況だ。北米などに比べると、国内にアイスリンクの数が圧倒的に少ないなど環境の問題も大きいが、キャプテンの須藤悟(日本パラアイスホッケー協会)が「3位決定戦と決勝を観たが、絶対に逆転するんだ、というメンタリティの強さを感じた。日本はまだそこが足りない」と話すように、競技者としての姿勢のあり方についても課題が残った。北京に向けて一度リセットし、心身共に強いチームの構築を目指していく。

ところで、表彰台に登った選手に贈る報奨金はこれまでより増額。金メダルは150万円から300万円、銀メダルは100万円から200万円、銅メダルは70万円から100万円になった。日本パラリンピック委員会(JPC)の高橋秀文副委員長は「2020年東京大会での増額を決めていたが、平昌大会での日本選手の活躍により、前倒しで実施することに決めた」と説明。日本オリンピック委員会(JOC)が金メダリストに支給する報奨金は500万円。銀と銅は、オリンピックとパラリンピックで同額になった。

今後、それぞれに競技環境の整備を進めながら、強化に取り組んでいく。それが2年後の東京、そして4年後の北京での活躍につながることを期待したい。

(取材・文:荒木美晴、撮影:フォトサービス・ワン/植原義晴)