ゴールボール, リオ2016, リオパラリンピック — 2016/9/12 月曜日 at 9:56:16

【リオ2016】日本人でただひとり。リオパラを支えるゴールボールのレフェリー

by
ゴールボールレフェリーの新居平康さん

リオパラリンピックの舞台で笛を吹く新居平康さん=フューチャーアリーナ

1チーム3人の選手同士がアイシェードを着け、鈴の入ったボールを投球して得点を競い合う視覚障がい者によるゴールボール。リオパラリンピックでも連日多くの観客が会場に詰め掛ける人気競技だ。

そのコートに今、ひとりの日本人が立っている。

新居平康(にい よしのり)さん。ゴールボールのレフェリーだ。昨年5月、全世界で約300人いる審判員の中から、リオパラリンピックに参加する精鋭12人のひとりに選ばれた。アジア人としては唯一の参加となっている。競技初日の現地時間8日、女子予選リーグのオーストラリア対中国戦ではファーサイドレフェリー(副審)を務め、冷静に仕事をこなした。

審判は、テーブルサイドレフェリー(主審)とファーサイドレフェリー(副審)、10秒レフェリー、ゴールジャッジなどから構成され、それぞれに役割が決まっている。新居さんがこの日担当したファーサイドレフェリーは、観客の歓声など会場のノイズをコントロールしたり、選手のアイシェードや靴などの着用チェックをしたり、選手交代のアナウンスをしたりと、その内容は幅広い。

レフェリーをする中で特に心掛けていることは、「アウト」「ゴール」といったコールの声は大きくクリアに、笛もはっきりと大きく吹くこと。「視覚障がい者競技のゴールボールにおいて、これがレフェリーの基本です。審判として裁くというより、見えていない選手にプレーの結果をしっかりとフィードバックする感じです」と新居さん。

音が頼りの競技であるため、プレー中は観客も静寂を守らなければならない。開始時にはレフェリーが「クワイエット・プリーズ」とコールするのだが、ブラジル戦では選手が投球するたびに観客が大声援を送り、ボールの中の鈴の音がかき消されて選手らが困惑する場面が見受けられた。こうした事態に対応するため、初日の夜に審判団による緊急ミーティングが開かれたという。「これまでもノイズが多い大会はありましたが、今回は注意を促してもなかなかやまない。そういったところをコントロールすることが課題にあがっています」と新居さんは話す。

大学卒業後に、視覚障がい者のための総合福祉施設・京都ライトハウスに入職。1年目に障害者スポーツセンターで行なわれた体験会に参加し、ゴールボールと出会った。思いっきり全身を使うスポーツとしての迫力、緻密な戦略を駆使する高い競技性、全盲や弱視の優劣がないことに魅力を感じ、のめり込んでいった。

2002年に男子日本代表のコーチに就任。同年のフェスピック釜山大会(現在のアジアパラ競技大会)ではヘッドコーチとしてチームを率いて銅メダルを獲得した。その後、カナダで開かれた国際大会に参加した際、ルール解釈が日本と違うことに驚き、アジアは世界から遅れをとっていることに気がついたという。そこで疑問に感じたことを調べていく流れで、国際審判の資格を取得。09年に東京で行なわれたアジアユースパラ競技大会には審判として参加した。

審判に必須の英語力は、「コーチ時代は挨拶程度」。仕事の合間に独学でものにした。そして、10年にIBSA(国際視覚障害者スポーツ協会)が認定する最上級の資格である「レベル3」を取得。12年のロンドンパラリンピックではテーブルオフィシャルとしてスコア記入などを任された。

審判員は厳しい条件を乗り越えて、高いレベルを維持している。たとえば、新居さんの「レベル3」は年間2つ以上の国際大会においてトータル10試合で笛を吹かなければならず、加えて、4年に一度はルール変更があるため、レベル再認定の試験を受ける必要がある。筆記と実技試験は難易度が高く、レベルを落としてしまう人も多いといい、現在、レベル3の審判は世界に30人を切るほどしかいない。

日本国内における審判の数は、レベル3とレベル2が1人ずつ、レベル1が8人の10人のみ。パラリンピックは開催国がゴールジャッジを用意する必要があるため、東京大会に向けてこの4年間で審判を増やすことが喫緊の課題だ。そのため、新居さんは日本人向けの講習会で講師を務め、自身の経験を伝えるなどして普及活動に力を入れている。

「僕がレベル3を取得した頃、審判の世界はヨーロッパ勢が占めているような状況でした。それが国際大会の決勝で笛を吹くようになり、ロンドン大会にも出場し、リオではレフェリーとしてコートに立っています。僕はここで、日本人でもレフェリーの仕事がきっちりできることを証明して、アジアの評価を上げたいと思っているんです。そのためにも、リオでは決勝トーナメントのベスト4以上を吹いておきたい」と新居さん。

リオで感じたこと、学んだこと、経験したことすべてを持って帰り、日本の仲間たちに伝えるつもりだ。

(取材・文/荒木美晴、撮影/吉村もと)

※この記事は、『Sportiva』からの転載です。