リオパラリンピックで大会2連覇を目指す女子ゴールボール日本代表が現地時間の8日、予選グループリーグの初戦でイスラエルと対戦。先制を許したものの21歳のチーム最年少・若杉遥(立教大)の得点で同点に追いつき、1−1の引き分けとした。
序盤から力強いボールで攻め込むイスラエルに対して、3人の息を合わせた精度の高いディフェンスが持ち味の日本。相手のパワーボール対策として、「鋭い切り返し」を意識してコートに入った。だが、初戦の緊張からか動きにキレがなかった。前半の残り時間が5分のところで、流れを変えるために若杉が途中出場するが、逆に相手の反撃にあう。前半8分、イスラエルの得点源の一人であるイルハム・マハミッドの回転をかけた投球はセンター・浦田理恵(シーズアスリート)に当たって後方に跳ね上がり、ゴールに吸い込まれてしまった。
だが、日本は落ち着いていた。「1点を追いかける状況だったので、しっかり返そうと思った」と若杉が奮起。これまでの配球とコースを読み、投げたボールはライトの選手の足に当たり、ゴール。自分のイメージとはほんの少しズレがあり、“会心の一投”とはいかなかったものの、この一撃で流れを立て直した。その後、若杉は相手に集中的に狙われる場面もあったが慎重にディフェンスし、最後までリズムをキープ。引き分けで初戦を終え、選手らは「悪いなかでも、勝ち点1を手にすることが大事だったので良かった」とホッとした表情を見せた。
同点弾を入れた若杉は、2度目のパラリンピック出場。前回のロンドン大会は、史上初の団体競技での金メダル獲得の一員となったが、決勝ではベンチで戦況を見守った。最後で最高の舞台に立てなかった悔しさを原動力に、技を磨いてきた。情報分析能力に長けたセンターの浦田、チーム随一のボールの威力を誇る安達阿記子(リーフラス)、伸びるバウンドボールを得意とする小宮正江(シーズアスリート)の両ウイングといった、ロンドン大会の主力メンバーが今も代表を引っ張るが、その姿を追い続けてきた若杉の存在感は成長とともに日に日に増していき、チームの攻撃力も、結束力も高まった。今日のイスラエル戦も、「ベンチのスタッフや選手がひとつになっていた」と振り返り、「それもあって私の点も入ったと思うし、感謝の気持ちをプレーで返したい」と次戦への意気込みを語る。
背番号の変更が奏功
ところで、ロンドン大会からの4年間を振り返ると、ゴールボール界にとっても日本にとっても、大きな変化があった。それは、ロンドン大会では女子ではあまり見られなかったバウンドボールが急増したことだ。その背景には使用するボールの変更がある。ロンドン大会で使用されていたカナダ製のボールからドイツ製になったのだが、このボールがカナダ製より2倍近く弾むとされているのだ。実はロンドン大会以前もこのドイツ製ボールは使用されていたのだが、今は当時よりも競技力が向上し、女子でもそのボールの特性を生かしたバウンドボールが主流になりつつあるというわけだ。
だが、視覚情報がまったくないゴールボールではその弾むボールの処理は非常に難しい。ましてや体格で欧米に劣る日本にとっては、ビハインドな状況といえる。実際に、リオの出場権をかけた2015年の世界選手権では、外国勢の強く弾ませるボールに対応しきれず敗れ、日本は出場枠を獲得できなかった。
ところが、その敗戦が未来に大きな影響を与えた。「金メダルチーム」のメンバーに「挑戦者」の意識が芽生えたのである。現状の問題を洗い出し、バウンドボール対策として男子を相手に練習するなど強化してきた。その結果、昨年11月のアジア・パシフィック選手権ですでにリオ出場権を持つ中国を破り、「最後の1枚」のリオ行き切符を勝ち取ったのだ。
ディフェンディングチャンピオンとしてのプライド、それに挑戦者としてのたくましさが融合した日本代表。リオでは、「ライバルの国々から徹底的に研究されている」(市川喬一ヘッドコーチ)ため、それに対応する何パターンもの選手の組み合わせや戦略を用意するだけではなく、これまでの背番号を変更して登録するなど対策をとった。もちろん、顔で対戦相手を覚えている国もあるが、背番号で認識している国も多いためだ。後者だったこの日の対戦相手・イスラエルに対しては有効だったようで、「『おい、なぜ背番号を変えたんだ』と言ってきましたよ」と市川ヘッドコーチはニヤリ。
次戦は地元・ブラジルと対戦
とはいえ、9日のブラジル戦は別の意味で冷静さが必要になりそうだ。ゴールボールは音源の入ったボールを使用し、選手はその転がる音で投球のコースやスピードを判断し、また味方同士の声掛けや足音などで互いの位置関係を把握するため、試合中は観客に向けて「クワイエット・プリーズ」とコールされる。だが、会場に詰めかけたブラジル人の観客は、試合が白熱するとつい応援の声が漏れてしまうのだ。当然、審判も最初に観客に説明するし、会場の四隅にいる係員が注意を促すプレートを出すのだが、なかなか浸透せず、初日の「米国対ブラジル」は何度か中断する場面が見られた。
日本も完全アウェーの状況に追い込まれることが容易に想像できるが、「(騒音で試合を妨害するのは問題だが)明るく賑やかなのは国民性。選手にはカバーリングの位置関係の声出しをしっかりするように、とすでに指示を出しています」(市川ヘッドコーチ)とぬかりはない。
安達も「たしかに会場は独特のブラジル色に包まれるけれど、自分たちでしっかり我慢すれば、十分勝負できると思う」と、ベテランらしく冷静に分析する。勝ち点3を加えて、予選リーグ突破に勢いをつけたい日本代表。次なる戦いに注目と期待が集まる。
(取材・文/荒木美晴、撮影/吉村もと)