車いすテニス — 2010/12/15 水曜日 at 17:41:51

【国枝慎吾インタビュー】  “もう一度、挑戦者に”  〜苦しみから解放された王者の視線の先にあるもの〜

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12月、日本のマスターズで優勝した国枝慎吾/撮影:吉村もと=吉田記念テニス研修センターにて

先月中旬、オランダで車いすテニスの大会「世界マスターズ」が開催された。そこで、ひとつの“波乱”が起こった。あの、国枝慎吾が負けた――。パラリンピックチャンピオン、そして2007年11月から負けなしの絶対王者。いったい、何があったのか。インタビューを快く受けてくれた彼の口からは、意外な言葉が返ってきた。

僕には、「テニス力」が足りなかった

――先月のマスターズでは、準決勝でウデ選手(フランス)に敗れました。その理由はご自身ではどう分析されていますか?

実は、敗因はハッキリしています。あまり言いたくはないのですが……。率直に言うと、僕の良さを全部消されたコートだった。今回は、カーペットコート(※)だったんです。カーペットコートというのは一番ボールが弾まなくて球足が早くなるので、必然的にビッグサーバーが有利になるというのがあって。加えて、ラリーにならないくらいコートの周囲がすごく狭くて、動けなかった。(車いすを素早く操作して動き回るタイプの僕にとっては)負ける要因がそろっていたと思います。

――相手との差は何だったと思いますか?

ウデ選手は、この特殊なコート用のテニスをきちんとしてきた。コートの特徴を活かす早いサーブをどんどん打ってきたし、その確率も良かった。それが彼の勝因だと思います。僕はそれに対して、コートにアジャストできなかったのが甘かったなと思っています。

――この大会で得たもの、課題は?

苦手なサーフェスで突かれたら、技術や勢いではごまかしきれないというのが表面に出た。ちゃんと対応できるようにならないといけません。スピンを使うと、いつもなら攻める球になるはずなのに、相手にとって程よいバウンドになっちゃうんですね。決勝戦では、ウデ選手も対戦相手のオルソン選手(スウェーデン)も、スライスしか使っていないんです。それがベストの選択だったな、とこの試合を見て思いました。

――連勝記録を重ねる前、最後に負けたのが、3年前のこのコートでしたね。

はい。そして今年は3年ぶりの出場でした。3年前に負けたときの原因も同じだったのに、それを忘れていた部分があったと反省しています。それに3年経って自分のテニスも変わっていますし、データが頭の中に入っていなかったのがいけなかった。コートが変わったのに自分のプレースタイルを貫きすぎたし、もっと柔軟に対応するべきでした。

――大会によってコートが違う。それがテニスということですね。

その通りです。たとえば、一般の世界ランキング1位のナダルはクレーが好きだけど、カーペットコートは大嫌い。フェデラーは球足が早いコートが大好きだし。僕はやっぱりハードコートが好きで、クレーになるとちょっと落ちる、芝になったらさらに落ちるというのは自分で自覚しています。だから、今回はカーペットコートに対する「テニス力」が足りなかったと思います。

(※)表面が絨毯のような材質のコート。打球は低くすべり、球速は非常に速いとされる。

守りに入る自分のテニスが、ずっと苦しかった

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世界マスターズ後、初めての国内戦では圧巻の強さを見せた/撮影:吉村もと

――敗戦の直後、ご自身のブログに「自分の納得できるプレーややりたいプレーではなく、最近は“負けないテニス”をしていた」といった内容のことを書かれていました。

それもありますね。それはマスターズに限ったことではなくて、実は北京パラリンピックが終わったあとくらいからずっと感じていたことだったんです。連勝には全然こだわりがなかったし、何連勝とか全然数えてもいなかったんですが、ただやっぱり試合では「負けない選択肢」を選びすぎているというのは、やりながらすごく感じていました。とくにこの1年は強く感じていました。

――負けない選択肢を選ぶとは?

安全パイを切りすぎていたんです。試合の中で、30%のボールを打つよりも、必ず70%のボールを打ってしまうという配球をしていたんです。それも負けた原因のひとつだと思います。コートもメンタル面も技術面も、そういうのが重なって、今回出てしまったなというところです。

――チャンピオンならではのジレンマですね。

それもあるし、やっぱり地位を守ろうとしすぎているのかな、という感覚が自分のなかでありました。もちろん、自分のテニスを改善することには挑戦してるんですが、試合のなかでは挑戦者ではないような気がしました。そういう意味では、良いタイミングで負けたなと思います。ロンドンまであと2年くらいあるなかで、自分のなかでやっていても苦しかったというのがあるし。試合をやりながら、ここで負けといたほうがいいかな、と思うことがこの一年、何回かあったんです。それくらいやっぱり、守りに入っている感覚が自分のなかでありました。

意味のある敗戦。もう一度、強くなりたい

――正直なところ、グランドスラムの大会やパラリンピックでなくてよかったという思いは?

本当にそう思います。この大会は、自分のなかのプライオリティもグランドスラムよりは低かったから。たぶん、この4年間勝ち続けていたら、パラリンピックのときにもしかしたら同じ事が起こったかもしれない。パラリンピックだと、“絶対に勝たなくちゃいけない”って余計守りに入ると思うから。北京のときもあまり自分の良いプレーができていなかったので。このままいくと、もしかしたらロンドンも同じことがあり得ると思っていたし。ロンドンではもっといいプレーがしたいと思いますからね。そういう点で、意味のある負けだった。

――今回の敗戦はすでにプラスになっているのですね。

はい。負けた次の日の3位決定戦では、すっきりと気持ちを切り替えられました。それに、世界マスターズの直後にイタリアでダブルスのマスターズがあり、藤本佳伸選手と組んで出たんですが、3位でしたけど、自分のなかではこの2年くらいで一番いいプレーができたんです。それ以来、良い方向に向かっているなと思います。

――次の世界大会は、12日に開幕するアジアパラ。そして来年1月には早くも全豪が待っています。

まずはアジアパラでプレーを確認して、今回露出した部分をしっかりと修正したいです。そして、全豪オープンにつなげたいと思います。

――ありがとうございました。

(聞き手・文/荒木美晴、撮影/吉村もと)