4年に一度開かれる車いすラグビーの世界選手権が、10月10日から16日までデンマーク・ヴァイレで行なわれた。パラリンピックの8カ国よりも多い、12カ国が参加。2連覇を狙う日本代表は、予選リーグを5戦全勝で首位通過し、準々決勝ではニュージーランドを撃破した。しかし、準決勝で強豪アメリカに敗戦。3位決定戦でデンマークを61-57で破り、銅メダルを獲得した。
「プレッシャー! プレッシャー!」
最終日のブロンズメダルマッチ。チーム最年少・20歳の橋本勝也は、地元デンマークの大応援団の声援に負けないくらい、ベンチから大きな声を出し続けた。日本は序盤から連携のとれた攻撃を展開してトライを重ね、銅メダルを獲得。しかし、橋本自身の出場機会はなく、彼の2度目の世界選手権は静かに幕を閉じた。
車いすラグビーは、障害の程度によって各選手に持ち点が設定され、コート上の4人の合計点を8点以内で編成しなければならない。橋本はもっとも障害が軽い「3.5」で、ハイポインターと呼ばれる。日本にはほかに、池透暢(3.0)、池崎大輔(3.0)、島川慎一(3.0)という世界に誇るハイポインターがいる。今大会の橋本の役割のひとつは、自身のプレータイムを伸ばして、彼ら3人のうちの2人を休ませることだった。トーナメントの上位になるほど、身体的にも精神的にもタフなラグビーが展開されるため、体力温存がカギとなってくるのだ。
4年前は出場機会がほとんどないまま終わってしまったが、今回はチームの一員として果たすべき明確な使命があった。「カツヤはもうハイポインターの交代要員ではない。核としてローテーションに入ってきている」とは、ケビン・オアー日本代表ヘッドコーチ。実際に、今大会の序盤は競った場面で起用され、日本の得点源の一端を担った。
ところが、大会中盤以降は調子が上がりきらなかった。その結果、予選リーグのライバル・オーストラリア戦で、出場したのは第2ピリオドのわずかな時間に留まり、同じ3.5点の世界的プレーヤーであるライリー・バットのスピード、テクニック、視野の広さ、崩れないメンタルに気圧された。
今大会の悔しさが糧になる
また、2連覇に向けて重要な試合になる準々決勝のニュージーランド戦ではサードラインで起用されたものの、パワーに勝る相手の動きに押され、ギアを上げるのに時間がかかった。続く準決勝のアメリカ戦では、追いかける展開から後半に投入されたものの、逆転はできなかった。
アメリカ戦のあと、橋本はこう絞り出した。
「正直に言えば、もうちょっと出してほしいという気持ちはあります。でも、やはり負けられない試合において、自分はまだまだ足りないということです。多彩なラインナップが使える今の日本チームの強みに、自分がどれだけ入っていけるか。今大会はそれがカギになると思って挑んでいたので、自分自身にいら立ちがあります」
出場機会が多くないのは、対戦相手との相性やラインナップの組み合わせによるものだと理解している。問題は、出場した場面で自分のパフォーマンスが発揮できなかったことだ。ただ、まだ若い彼にとって、よかったことも、反省点も、経験したすべてが成長の糧となる。
「たしかに、以前と比べると自分のゲームIQが上がったとは思います。それは、日本のすばらしいハイポインター3人のもとで練習できているから。もっともっと、成長したいです」と話し、橋本は視線を上げた。
パリパラでの活躍を目指して
橋本が見つめるその先にあるのは、2年後のパリパラリンピックだ。そして、その頂点を本気で目指すため、昨年の東京パラリンピック以降、橋本はいくつかの決断を下してきた。
まずは、競技環境を変えることだ。橋本は高校卒業後に就職した地元・福島の三春町役場を退職。今年4月、アスリート雇用でキャプテンの池が所属する日興アセットマネジメントに移った。池から競技に向かう姿勢やキャプテンシーを学べると考えたからだ。自分以外の3人のハイポインターは40代。橋本は、「パリやその先を見据えた時に、いつか必ずくる世代交代のことを考えれば、少しでも早い段階で先輩たちから吸収することが必要だと考えた」と、決断に至った経緯を語る。
個人練習にも、より多くの時間が割けるようになり、体力面やアジリティ面など、武器となるものをさらに磨くため、心肺機能を鍛える新しいトレーニングを取り入れた。そして、ラグ車もバケットシートの位置を変更し、身体のポジションを少しうしろに置くことで、漕ぎだしの力強さが増すように変えた。
また、代表合宿がない週末は、拠点の福島から東京のパラアリーナに移動して、関東のクラブチームの練習や個人練習に混ぜてもらって基礎を磨いている。対人練習は相手の特徴や癖を見抜く力を養うことができる。「今走るべきなのか、パスすべきなのか。相手にどう動いてもらうか。どういう駆け引きをすれば抜けるのか。僕にはそういった試合のなかの判断力がまだ足りないので鍛えたい」と橋本。福島から東京までの移動は、自分で車を運転してノンストップでも往復6時間かかるが、「ラグビーがうまくなるためだったら、時間を犠牲にしてもかまわないと思っています」と、覚悟をのぞかせる。
ヘッドコーチも仲間も期待
橋本の進化に期待するオアーヘッドコーチは、こう語る。「カツヤはスピードがあって賢い選手。パスの範囲、オフェンスとディフェンスの理解力の向上を感じるし、チームをより勢いづける可能性がある。まだ他のハイポインターと比べると経験が足りないが、パリを見据えれば、カツヤの重要性、必要性は非常に高くなる。将来のスーパースターだと思っている」
日本代表の大黒柱で所属先の先輩である池も、橋本について大会前にこう話していた。
「会うたびに競技面も精神面も伸びていると感じます。ただ逆に言うと、今まで何をしてたんだ、と。甘い部分があるなというのは、彼が代表に入った頃から思っていました。たくさん挑戦して、失敗してということを繰り返してほしいです。彼は一度の失敗から何かを学んで成長するタイプなので、こういう(右肩上がりの)成長曲線が続けば、パリの時には本当に楽しみな選手になっていると思いますよ」
指揮官も、チームメイトも、橋本を厳しくも温かい目で見守っている。世界選手権は悔しさも含め、さまざまな気づきを与えてくれた。それを原動力にどんな飛躍をしていくのか。20歳の覚悟とこれからの挑戦が、日本代表の明るい未来を握っている。
※この記事は、集英社『Web Sportiva』からの転載です
(取材・文・撮影/荒木美晴)