Writer's eye, デフサッカー — 2018/5/1 火曜日 at 11:13:42

【Writer’s eye】デフサッカー選手・原口凌輔の挑戦「発信力のある人間に」

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デフサッカー日本代表合宿でジェスチャーを交えながら植松隼人監督(左)と動きを確認する原口凌輔(中央)=アルビンスポーツパーク(撮影/荒木美晴)

ピッチの上を、いきいきと駆ける。その姿は、無我夢中でボールを追った少年時代も、デフサッカー日本代表のユニフォームに袖を通す今も、変わらない。

原口凌輔には、生まれつき聴覚障がいがある。サッカーとの出会いは小学2年のとき。もともとわんぱくだった原口は地元のクラブに入り、障がいの有無に関係なく、たくさんの仲間とともに練習に励んだ。

普段は口の動きをみる読唇と補聴器で人とコミュニケーションを取ることが可能だ。高校は、全国高校サッカー選手権に出場したこともある名門校に進学。やはり障がいのないチームメートと切磋琢磨しながら、毎日汗を流した。

だが原口は、ここである「壁」にぶつかった。

強豪・サッカー部時代に経験した”唯一の後悔”

サッカー部は1学年に50人の部員がいるという大所帯。練習や試合のあとの全体ミーティングでは、監督やコーチとの距離が遠く、どうしても声を聴き取りづらかった。ミーティング後にチームメートに話の内容を教えてもらうなど工夫をしたが、「3年間で健聴者との理解の差が出てしまった」と原口。

「この時はどうしたらいいかわからなかった。でも、自分からコーチたちに声をかけて、情報が欲しいと言うべきだったんです。それが、僕の唯一で一番の後悔です」

一歩を踏み出す勇気を持てなかったことを悔やむ原口。だが、この“気づき”はのちの原口の人生に大きな影響を与えることになる。

大学に入り、今度は大教室で講義を受けるうえで工夫が必要だと感じた原口は、さっそく行動を開始する。どうすれば聴こえづらい教授の話を理解できるかを相談しに、聾学校を訪問したのだ。そこでノートテイク(第三者が聴覚障がい者の耳の代わりになって、講義の要約を筆記でノートなどに同時通訳すること)を活用する方法を知り、サポートを受けながら4年間を過ごすことができたのだった。

人生の新たな扉を開いたデフサッカーとの出会い

デフサッカーではチームメートとのアイコンタクトが不可欠。「広い視野を養うことが求められます」と原口

デフサッカーには大学2年の時に出会い、所属していた社会人サッカーチームと並行して取り組むようになった。デフサッカーは聴覚に障がいを持つ人のサッカーで、試合中は補聴器を外さなければいけないというルールがある。つまり、ピッチ上でのチームメートやベンチとのコミュニケーションは、手話やジェスチャーが主になる。原口も、手話を覚えたのはデフサッカーを始めてからだという。

ポジションはサイドバック(SB)。視野を広げ、アイコンタクトでパスを出すことにも慣れ、デフサッカー日本代表候補に。そして、20人の代表枠の座をつかみ、現在は韓国で開催中のデフサッカーのワールドカップ予選を兼ねたアジア大会に、日本代表メンバーとして臨んでいる。

SBは4人おり、チーム内のポジション争いは熾烈だ。植松隼人監督は、選手の競争原理に期待しつつ、「原口らしい正確なプレーをしてほしい」とエールを送る。

仕事もサッカーも全力「デフ競技の知名度向上に貢献したい」

聴覚障がい者採用の”第1期生”。「社内でもコミュニケーションを大切にしたい」

今春から社会人になった。電子地図データを利用したソリューションサービスを提供する会社に、アスリート雇用で入社した。本人の希望もあり、合宿や遠征時以外は、フルタイムで勤務する予定だ。

企業側にとって聴覚障がい者の採用は初とのことだが、「そう思えないほど柔軟に対応していただいた。大事な話は口話ではなく、筆談やメールにして文字で残すなど工夫したい。これから社員の人たちとたくさん話あっていければ」と原口は笑顔を見せる。

入社後の研修で原口は、全員の前で、デフサッカーをはじめ、デフスポーツの知名度向上に貢献することを目標に掲げた。

「そのためにも、仕事とサッカーを両立し、発信力のある人間になりたいです」

未来へと続く一本道を歩み始めた原口。今後のさらなる飛躍に期待したい。

【採用担当者の声】

株式会社ゼンリンデータコム 鈴木伸幸取締役

今年度の新卒採用は16名。そのうち、原口選手とパラ陸上の選手の計2名がアスリート雇用の選手です。中途採用で、デフバドミントンの選手も採用しています。基本は3名ともフルタイム勤務。合宿や遠征は「仕事」として送り出しますが、普段の練習などはそれぞれ就業時間以外を活用するスタイルです。「オンとオフをしっかりつける」というのが会社の方針でもありますので、彼らが他の社員の手本となってくれることを期待しています。

採用担当の(株)ゼンリンデータコム人事部のみなさん

今後は社員みんなで大会に応援に行きたいと考えています。原口選手が言うように、まだデフスポーツの存在を知らない人が多いのが現実。積極的に競技に触れる機会をつくり、社員の一体感の醸成につながれば、と考えています。

パラアスリートの彼らを支援するため、社内に『ZDCアスリート倶楽部』を発足させました。3名それぞれ配属部署が異なるので、そのとりまとめの役割も兼ねています。親会社のゼンリン陸上競技部を参考に、どのようなサポートができるか、これから選手たちと相談しながら取り組んでいくつもりです。

※取材協力:株式会社ゼネラルパートナーズ

(取材・文・撮影/荒木美晴)