「ベストを尽くしたうえでの8位。最高です」
北京2022パラリンピックのスノーボード競技。初出場の男子LL2の岡本圭司(牛乳石鹸共進社)は、初戦のスノーボードクロスを終え、そう語った。
バンクや波打った雪面のウェーブ、キッカーと呼ばれるジャンプ台などが設けられたコースを滑り降りるスノーボードクロス。予選はひとりずつ2回滑り、タイムトライアル方式で順位を競う。6日に行なわれたその予選では、予想よりも暖かい気温と中国特有の黄砂が入り混じった人工雪に手を焼いた。1回目は想定よりもスピードが上がり、キッカーで飛びすぎるミスがあった。その反省から、2回目の前にワックスを変更し、各セクションも修正を加えて滑走。8番手で決勝ラウンド進出を決めた。
7日は準々決勝からスタート。4人が同時にスタートしてレースを行ない、各組の上位2人が次のラウンドに進める。準々決勝では田渕伸司(兵庫県立和田山特別支援学校教員)と同組に。岡本は2位で準決勝進出を決め、田渕は3位で先に進めなかった。田渕とは同じ兵庫県出身で、年齢も同じ40歳。教員生活と競技を両立する田渕の姿に、会社を経営しながら競技に取り組む岡本自身も刺激を受けてきたといい、レース後は抱き合って互いに健闘をたたえた。
準決勝は得意のスタートで飛び出すが、思うようなリードを保てなかった。スモールファイナル(順位決定戦)でも不利な内側のスタートで前に出られず外側の選手に先行を許し、8位入賞という結果に。
「(スピードに乗るために必要な)ウエイトも、テクニカルな滑りも、板やワックスの知識も足りない」
上位選手との差と、表彰台にはまだ届かないという自分の現在地を、真正面から受け止めた。
大舞台で生まれた感情
それは、裏を返せば自身の伸びしろとなりえる部分でもある。岡本は「もっともっと上げるところがある。まだまだ(自分には)可能性がある」と明るく話し、前を向く。
普段から、大会での順位は自分の最高の滑りをした結果としてついていくればいい、と考えて臨んでいる。緊張もあまりしない。そのマインドは、パラリンピックでも変わらない。
ただ、いつもW杯や世界選手権で顔を合わせる各国のライバルたちが、積み重ねてきたすべてのものを発揮すべく、全身全霊でセッションする姿を見て、心が震えた。そして自身がスタート台に立った時も、こみあげるものがあったという。
岡本は19歳でスノーボードを始め、フリースタイルのトップライダーとして世界で活躍。プロ選手として活動の幅を広げていた2015年、撮影中の事故で下半身不随の重傷を負った。一生車いす生活になると宣告され、「死にたいとしか思えなくなった」。その後、懸命のリハビリで歩けるようになり、スノーボードに復帰したが、右足には深刻な機能障害が残り、今までできていたことができなくなっていた。そんな時に出会ったのが、パラスノーボードだった。
ゼロからのスタートだから、以前の自分と比べることもない。自分にも戦える舞台が、まだ残されている。その可能性に気づき、挑戦したことのない種目に取り組むことで、愛するスノーボードの新たな面白さを知り、人生を楽しむ引き出しが増えたと感じた。そして、たどり着いたパラリンピックという舞台で感じた「楽しい!」という感情。
「戻って来られたな、と。僕は(事故で)大けがをして、1回人生終わったような人間なので。そんな人間がこんな舞台まで来られたのは最高やなと思った」との言葉に実感がこもる。
最高の滑りを求めて
スノーボード日本代表は、平昌大会の3人から6人に倍増した。同じく元プロのスノーボーダーで2度目のパラリンピック出場となる小栗大地(三進化学工業)や、板やワックスなどギアの知識に長ける大岩根正隆(ベリサーブ)ら、個性豊かなメンバーがそろっている。
個人競技で障害の種類や程度も異なるが、日頃から一緒にトレーニングに取り組み、海外遠征中も部屋に集まって意見を出し合ってきた。小須田潤太(オープンハウス)によれば、今大会も毎日動画を見直し、クセのあるコースを攻略すべく、岡本がコースレイアウトを紙に書きだして全員に配り、注意するべきセクションについて意見交換をしていたという。
岡本自身もメンバーやコーチから具体的なアドバイスをもらい、また健常者のスノーボード仲間やワックスマンからの情報も吸収し、成長を遂げてきた。その結果、世界トップ選手とのタイム差だけをみれば、パラスノーボードを始めたころと比べて、約3秒縮めている。今回のスノーボードクロスも、1位の選手とは約2秒差、3位の選手とは約1秒差に迫っており、「本当に恥じることのない滑りができたと思う」と感謝と自信を口にする。
12日には、2種目目のバンクドスラロームの出場を予定している。コースにバンクと呼ばれるコーナーが設けられ、滑り切る速さを競う種目。横の動きが多く、障害がある右足(うしろ足)で踏ん張りにくい点から苦手としていたが、こちらもチームメイトからのアドバイスで自分の身体にあった攻略法を見つけ、今季のW杯オランダ大会では表彰台に上がるなど、手ごたえを感じ始めている。
会場のスノーボードクロスの隣に造られたバンクドスラロームのコースを見て、「こんなデカいコースは見たことがない!」と、思わず苦笑いを浮かべた岡本。「持ってきた板が合わないかもしれないし、ウエイトが軽い僕にとっては見せ場がないかもしれない」としつつも、「1個1個のバンクに集中して、最高のターンを決め続けるしかないな」
最後の種目も、観ている人たちが興奮するような自分らしい滑りを披露するつもりだ。
※この記事は、集英社『Web Sportiva』からの転載です
(取材・文:荒木美晴、撮影:パラスポ!/小川和行)