【リオ2016】車いすラグビー、継承された戦略的プレー ベテラン・島川が銅メダルに思うこと

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ウィルチェアーラグビー日本代表・池透暢=カリオカアリーナ1

高さを活かし、日本チームを牽引した主将の池透暢。「日本の応援団が力になった」と話す=カリオカアリーナ1

チーム全員でつかんだ銅メダル

ウィルチェアーラグビー日本代表が、4大会目で悲願を達成した。リオパラリンピック最終日の18日、3位決定戦で日本は52−50でカナダに勝利。銅メダルを獲得した。

予選を2勝1敗の2位で通過した日本は、準決勝で今大会優勝したオーストラリアに完敗。日本は3位決定戦に臨んだ。相手のカナダは、比較的障がいが軽いザック・マデルを中心に得点を重ねるチーム。日本はそのザックの動きを先に読んだポジション取りと、2人3人とかぶせるディフェンスで、相手の攻撃のチャンスを封じた。第1ピリオドにはエース・池崎大輔(三菱商事)と池透暢(日興アセットマネジメント)のスピードを生かした攻撃で得点を重ね、また若山英史(愛康会あしたかケアセンター)と今井友明(三菱商事)の2人がゴール前を冷静に守り、4点差をつけた。第3ピリオドには、粘るカナダに連続得点を奪われ2点差まで追いあげられるが、日本は最後まで落ち着いて対応。最終ピリオドも圧力をかけてくる相手のディフェンスを華麗にかわし、リードを守り抜いた。

ウィルチェアーラグビーは激しいタックルが魅力で、「ラグ車」と呼ばれる専用の車いすは試合の中で何度もパンクする。それを即座に交換し、ベンチで修理をするメカニック、選手たちの体を懸命にケアするトレーナーらスタッフの存在は不可欠で、彼らは選手と同じ釜の飯を食い、リオでも粛々と仕事を全うした。試合に出ていない選手も懸命にアドバイスを飛ばし、一体感に包まれた日本側ベンチとコート。チーム全員が一丸となってつかんだ勝利だった。

ベースを作ったカナダ人コーチ

ウィルチェアーアラグビー日本代表・池崎大輔

日本のエース・池崎は攻守で存在感を発揮した

ロンドン大会でベスト4に終わった日本代表が、リオでのメダル獲得のために取り組んだのが、さまざまな選手を組み合わせる「ライン」の強化である。ウィルチェアーラグビーは選手の障がいの程度によりそれぞれ持ち点が付けられ、重いほうから0.5点、1.0点、1.5点、2.0点、2.5点、3.0点、3.5点の7クラスに分類され、競技中のコート上の4選手の持ち点の合計は8.0点を越えてはいけないというルールがある。今までは点が取れる一つのラインに頼りがちだったが、合宿や大会で試行錯誤を繰り返しながら、障がいが重い選手と軽い選手を組み合わせた「ハイローライン」、持ち点をほぼ均等に振り分ける「バランスライン」、現在急成長中でパラ初出場の乗松聖矢(SMBC日興証券)を入れた「秘策ライン」と、3つのラインを完成させた。

池の高さと池崎のスピードを最大限に生かすハイローラインを最強のファーストラインとし、試合展開に応じて臨機応変にラインを入れ替えていく。今大会、決勝に進んだオーストラリアと米国には敗れたが、パラリンピックで「三強」の一角であるカナダを破り、これまでの努力が間違いでないことを証明できた。

こうしたチームのベースを作ったのが、カナダ代表のアシスタントコーチを務めた経験を持つアダム・フロスト氏だ。ロンドン大会の翌年に日本代表に招へいされたアダム氏は、まず基礎的なスキルから立て直した上で、これまでのような感覚的なプレーではなく、選手の特性を生かせる戦略的なプレーを選手に植え付けた。現在の荻野晃一ヘッドコーチ、三阪洋行アシスタントコーチが就任してからもその精神は受け継がれ、選手としても活躍した2人の経験をもとにしたプランをそこに加味。世界に通用する日本代表を作り上げたのだ。

日本の成長を支え続けたベテラン・島川

ウィルチェアーラグビー日本代表・島川慎一

アテネから12年、悲願のメダル獲得に島川は「最初は嬉しかったけど、やっぱり悔しい」

この4年間、いや日本が初めてこの競技でパラリンピックに出場したアテネ大会からの12年間にわたる日本の成長を誰より実感しているのは、この男、島川慎一(バークレイズ証券)かもしれない。日本代表として、2001年から今大会まで4大会連続で出場。荻野ヘッドコーチと三阪アシスタントコーチ、そして今もともに戦う仲里進(アディダスジャパン)らと日本の創成期を支えた。

その間、島川はウィルチェアーラグビーの本場・米国に活動の場を広げ、強豪の「フェニックス・ヒート」と「テキサス・スタンピード」の一員として活動。チームの大黒柱として活躍した。帰国後はその経験を生かし、北京大会でメダル獲得を狙ったが、厚い壁に跳ね返された(7位)。リベンジを誓ったロンドン大会、日本は「メダル候補」と言われるまでに成長したが、島川は直前の日本選手権で試合中に指を切断する事故に遭う。入院生活の末、なんとか本番には間に合わせたものの、終始満足いくプレーができなかった(結果は4位)。

不完全燃焼のリベンジを果たすべく臨んだ、今回のリオ大会。これまでとは役割も変化した。爆発的な得点力を生かす攻撃の要としての起用というより、途中出場して試合の流れを変え、相手にインパクトを与えて次のラインにつなぐことが使命。難しい仕事だが、経験と持ち前のスピードを発揮して相手をかき回した。ただ、当たりの強い米国戦などでは「相手のプレッシャーに押されて機能しなかった」と反省を口にしたが、勝利への強い意志は昔も今も同じだ。

「やっぱ悔しいって思ったわ」

決戦を前に、仲里、荻野ヘッドコーチ、三阪アシスタントコーチと4人で写真を撮ったという。「アダムが新しい風を入れてくれた。でも、きっとそのままではカナダには勝てなかった。今のコーチ陣が、アダムが残していったものを、形に作りあげてくれた。両方が合わさったから勝利できた」と目を潤ませた。

試合直後は、「うれしいし、ほっとした」と話していた島川。表彰式から戻ってくると、銅メダルを触りながら、こう言った。

「1位のところに並ぶオーストラリアを見ててさぁ、やっぱ悔しいって思ったわ」

チームの歴史を知る男は、この経験をもとに東京への物語を紡いでいく。

(取材・文/荒木美晴、撮影/吉村もと)