ロンドン2012, 水泳 — 2012/9/1 土曜日 at 15:40:55

江島大佑、3度目だからたどり着いた新たなステージ=競泳

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自己記録タイで5位入賞をはたした江島(撮影/吉村もと)

ロンドンパラリンピック2日目の30日(現地時間)、競泳男子100メートル背泳ぎ(S7)の決勝。そのレースを、江島大佑(京セラコミュニケーションシステム)は観客席から眺めていた。「やっぱり決勝に出たい」。午前中に行われた予選では、4年ぶりに自己ベストを1秒以上も更新するも、9位に終わって決勝進出を逃した。その悔しさを、翌日の50メートルバタフライの力に変えようと誓っていた。

31日に行われたその50メートルバタフライは江島の得意種目である。チームメートや観客の注目が集まるなかで、臨んだ予選は、ぎりぎりまで調整を重ねてきたスピードを重視した腕を素早くかく泳ぎで、33秒14とまずまずのタイム。だが、内容には納得していなかった。後半に泳ぎが伸びず、スタートの反応の良さというアドバンテージを生かせなかったからだ。

メダルを獲るためには何が必要か?
コーチとともに予選のレースを分析した江島は、一つの答えを出した。「素早く水をかくこの泳ぎは、ピッチは速いけど空回りしがち。だから決勝は、ゆったりと確実に水をキャッチする泳ぎとの“真ん中くらい”のイメージの泳ぎでいくことにしました」

これは、大きな賭けだった。本番の、しかも、パラリンピックの決勝という大舞台に挑む直前に泳ぎ方を変更するなど、普通の選手にはリスクが大きすぎて到底無理ではないか。しかも実際にその泳ぎの感覚を確認できるのは、アップの30分間のみ。だが、江島には「できる」という自信があった。アテネ、北京と過去2大会に出場し、「自分の強みも、弱点も知っている」からこそ、柔軟に判断できる。その“経験”が、彼の背中を押した。

その結果、決勝では予選を上回る自己ベストタイとなる32秒88をマーク。北京大会から一つ順位を落として5位と、表彰台には手が届かなかったが、「タイムにつながったことは収穫」と前を向いた。

逆境を乗り越え自信に

3歳から水泳を始めた。地元・京都のスイミングスクールで毎日泳ぐほど「水泳が大好き」。そんな少年を突然の悲劇が襲ったのは、中学2年に進級したばかりの春。練習中に脳梗塞で倒れ、左半身にまひが残った。

機能障害の「S7クラス」といっても、選手によってその障害はさまざまだ。50メートルバタフライ決勝で江島の隣を泳ぎ、世界新記録で優勝した中国の潘世雲は、右腕がないが両脚でキックすることが可能。つまり、強烈なバサロで序盤のリードを広げることができる。右腕、右脚の力だけで勝負する江島にとって、このライバルたちに競り勝つことは容易ではない。北京からの4年は記録が伸びず、「本当に苦しくて、どん底でもがき苦しんでいた」。26歳となり、周囲に年齢的にもピークは過ぎたのではないかと言われ、苦悩することもあった。

だが、今日の泳ぎを終えて、吹っ切れた様子でこう話す。
「障害や年齢など、何かを言い訳にしても仕方がない。メダルが取れなかったのでもちろん満足はしていませんが、5位に入り、世界との差はそんなにないと感じたし、自分はまだまだやれることがわかり、自信になりました」

今回、両親ら家族がロンドンまで駆け付けてくれた。地元の観客も、各国のライバルも、入賞を大きな声援で祝福してくれた。残りの2種目、200メートル個人メドレーと100メートル自由形では、そのエールに最高のパフォーマンスで応えるつもりだ。

(取材・文/荒木美晴)