車いすテニス — 2015/6/3 水曜日 at 19:27:36

【Writer's eye】国枝、上地 新技術の習得でさらに強く。過酷な全仏のクレーは「まるで生き物」

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国枝慎吾(ユニクロ)は全仏オープン連覇を狙う(写真はJAPAN OPEN)=筑豊ハイツ・筑豊緑地テニスコート/撮影:吉村もと)
国枝慎吾(ユニクロ)は2年連続6度目の全仏オープン優勝を狙う(写真はJAPAN OPEN)/撮影:吉村もと

フランス・パリのローランギャロスで開催されている全仏オープンテニス。トーナメントも終盤にさしかかり、大いに盛り上がりを見せるなか、もうひとつのクレーの戦い「車いすの部」が現地時間の3日から始まった。日本からは男子の国枝慎吾(ユニクロ)、女子の上地結衣(エイベックス・グループ・ホールディングス)が出場している。

車いすの部も一般と同じく、全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン、全豪オープンが世界の4大大会と位置づけられる(ウィンブルドンはダブルスのみの開催)。予選はなく、世界ランキングのトップ7とワイルドカード1枠の8名のみが参加できる。

クレーコートは、車いすの場合は直線にこぐときは重く、ターンするときは車いすごと横滑りする特徴がある。また、動けば動くほどコートにわだちが刻まれ、そこに自分のタイヤがはまってしまうこともあるなど、対応が難しいサーフェスだ。プレー面では、高い打点でボールをさばくパワーとラケットワーク、そしてコートを広く使う巧みなチェアワーク、ロングラリーにも耐えうる強いフィジカルが求められる。4大大会のなかでもタフな試合になることで知られる全仏は、車いすテニスプレーヤーにとって、もっとも過酷な大会なのである。

そんな、「まるで生き物のよう」とも表現される全仏のクレーコートを昨年制したのが、日本の国枝と上地だ。現在、ともに世界ランキング1位。今大会も堂々第1シードに名を連ね、国枝は2年連続6度目の優勝を、上地は単複2連覇を狙う。

常に高みを目指す国枝の強さの秘けつ

昨年は自身4度目となる「年間グランドスラム」を達成した国枝。ナンバー1という定位置にあぐらをかくことなく、技術もメンタルもフィジカルも納得いくまで鍛え抜く。常に自分自身との戦いに挑み続けるその努力こそが、“王者”たるゆえんだ。今年は1月の全豪を制し、3年連続8度目の優勝を達成するなど好発進している。結果だけ見れば、死角はないように思えるが、本人は「自分はパーフェクトな選手じゃないし、課題があると思って練習している」と冷静に前を見つめている。

そんな国枝のライバルと目されるのが、クレー巧者で世界ランキング2位のステファン・ウデ(フランス)と、同4位のグスタボ・フェルナンデス(アルゼンチン)だろう。ウデは2012年と13年の覇者で、昨年の国枝との決勝でも車いすの高さを生かしたパワーテニスを見せつけた。また、21歳のフェルナンデスは昨年の準決勝で国枝とフルセットの死闘を繰り広げた若手成長株の1人。「打倒・クニエダ」を胸に試合に挑んでくるライバルたちとの駆け引きは、今大会の見どころのひとつとなるだろう。

サーブ改良、盤石の体勢でクレーに臨む

車いすテニス界の“絶対王者”国枝。サーブの質向上に取り組み、今年の全仏でも優勝の本命に挙げられる
車いすテニス界の“絶対王者”国枝。サーブの質向上に取り組み、今年の全仏でも優勝の本命に挙げられる

国枝はさらなる高みを目指して、丸山弘道コーチと取り組んでいることがある。それがサーブの改良だ。もともとコントロールは抜群で、エースの数も多いのだが、スピードだけを見ると速い選手が他にもいる。“パワーテニス時代”と言われる男子では、特にサーブが重視される傾向にあることから、2月のキャンプから強化を始めた。筋力をつけて速さを出すというより、サーブの一連の流れを見直して、ラケットワークを含めて動作のロスをなくしてスピードアップにつなげるというもの。実戦としては5月のジャパンオープンで試し、手ごたえを感じた。

「緩急をつけてコントロールするというプレースタイルは変わらない。そのなかでサーブのバリエーションを増やし、“こういうのもあるぞ”と相手を惑わすのが大事だと思っています。全仏でも重要な局面で使っていければ」

王者の新たな挑戦から目が離せない。

2連覇狙う上地は、挫折経験でさらに強く

上地にとって、初めてシングルスのグランドスラムのタイトルを手にしたのが、昨年の全仏オープン。そこから波に乗り、ウィンブルドン、全米オープンでも頂点に立った。

ところが、昨年10月のアジアパラ競技大会ではタイの選手に敗れて3位に終わり、その後の世界マスターズ、今年1月の全豪オープンも優勝を逃した。「自分が帯同する大会が少なかったこともあって練習強度が足りなかったことが失速の要因のひとつ」と、千川理光コーチは振り返る。

だが、世界ランキング上位の選手も参加した5月のジャパンオープンでは、上地は見事に優勝を果たし、不振から脱却しつつある。全豪オープンのあとに千川コーチとじっくりと話し合い、「試合はもちろん勝つつもりで臨むが、今年は自分のプレーに納得できるような試合を増やしていくこと」を目標に据えた。千川コーチも「現状に満足せず、いったんリセットできたことで、気持ちも前向きになったと思う」と分析する。

現在は、来年のリオデジャネイロパラリンピックを視野に、新しい技術の習得にもチャレンジしている。身長の低い上地は、これまでバックの高めに来たショットに苦しむ場面があった。その対応策として取り組むのが、バックハンドのスピンだ。スライスでつなぐのではなく、女子ではあまり使う選手がいないスピンで深めに返すことで体勢を立て直し、同時に相手の甘い球を引き出すことが狙いだ。特に全仏はボールが高めに弾むだけに、完成度を見極める絶好の機会になるかもしれない。

年間グランドスラムを狙うダブルスの絆

昨年のアジアパラで敗れて以降、不振に陥った上地だが、今は気持が前向きになったという
昨年のアジアパラで敗れて以降、不振に陥った上地だが、今は気持が前向きになったという

また、上地は昨年、ダブルスの年間グランドスラムを達成する快挙を成し遂げている。ペアを組むジョーダン・ホワイリー(英国)は22歳。シングルスでは21歳の上地とライバルであり、プライベートでは仲の良い友人だ。

そんな2人の絆を示すようなエピソードがある。ホワイリーは昨年の活躍が評価され、母国で「ヒストリーメーカー」として脚光を浴びた。そして、その快挙を日本人と達成したことから、彼女は右腕に漢字で「前人未到」のタトゥーを入れたのだとか。「“ヒストリーメーカー”を意味する日本語をジョーダンに聞かれたんです。すごく悩んだんですけど、この言葉がぴったりかなと思って伝えました」と、上地ははにかむ。

「今はお互いのことをすごくよく分かってプレーできています。どういうふうにギアを上げて戦うか、2人で探りながら実行している感覚があるので、すごく楽しいです」

今大会は、ロンドンパラリンピック銀メダルペアのイエスカ・グリフォン、アニク・ファンクート組(ともにオランダ)が最大のライバルとなるだろう。昨年は上地組がこのペアにフルセットで勝利して優勝しているだけに、今年も大きな期待がかかる。

(取材・文/荒木美晴、撮影/吉村もと)

※この記事は、『Sportsnavi』からの転載です。