【リオ2016】あふれる悔し涙は、東京へのステップ パワーリフティング西崎が誓う恩返し

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パワーリフティングの西崎=リオセントロ・パビリオン2

本来の力を発揮できなかった西崎。東京でのリベンジを誓う=リオセントロ・パビリオン2

「1キロでも重く――」

そう心に決めて臨んだ初めてのパラリンピックは、悔し涙とともに終わってしまった。

現地時間9日に行われたパワーリフティング男子54キロ級に出場した西崎哲男(乃村工藝社)。試技では127キロに挑戦したが、3本すべてで失敗した。自己ベストは136キロで、リオでの目標は「140キロ以上」。遠く及ばない成績に、西崎は肩を落とした。

第一試技は確実に挙げられる重さを試すのがセオリーだ。リオでの自己ベスト更新を狙っていた西崎は、現地の練習で調子が上がらなかったことから、一度は130〜133キロに設定したが、確実性を高めるために127キロからのスタートを選んだ。この重さは練習でも失敗したことがなく、一本ずつ成功させて修正を重ねていく自信があった。だが、いずれの試技も失敗の判定。原因は、バーをラックから外してシャフトを胸の上に下ろす位置にわずかにズレが生じた、胸の上で行う「止め」がブレた、といったわずかなフォームの乱れだった。

「127キロが挙がらないなんて普段はない。焦り……なんだと思います。きれいに決めたいとか、気負った部分があったのかもしれません」

試合後、報道陣の質問に答える形で試合を振り返った西崎。「……悔しい」。そう口にすると、一気に悔し涙があふれた。

単純かつ奥深いパワーリフティング

 もともとパラ陸上の選手だった西崎。車いすのT54クラスで、100メートル、200メートル、400メートル、1500メートルとトラック種目で多彩ぶりを発揮したが、ロンドンパラリンピック出場が叶わず引退。その後、東京パラリンピックの開催決定を機に、パワーリフティングへ転向した。

下肢に障がいを持つ人におけるパワーリフティングはベンチプレスで勝敗を決める。男女ともに各10階級の体重別で競技が行われるが、障がいやその程度は関係ないのが特徴で、健常者の世界記録を上回る階級もあるというから驚きである。西崎自身も、単純に「1キロでも重く挙げたほうが勝ち」という点に魅力を感じていると言い、「自分もそうした部分を広く伝えていきたい」と話す。

ベンチプレスは計画的にトレーニングすれば記録は伸びるが、ある程度までいくといったん停滞し、そこからの「1キロずつ」がとにかく難しいという。その壁を超えるには、きちんと心身の休息を取ることが大事で、徹底した自己管理が必要になる。また、試合で試技をする際の持ち時間は2分あるが、実際にバーベルを持ち上げる時間は数秒で、その数秒にどれだけ集中できるかが成功のポイントになる。

会社への恩は、東京で返す

パワーリフティングの西崎=リオセントロ・パビリオン2--

思い通りの試技ができず、表情をこわばらせる西崎=リオセントロ・パビリオン2–

やるからにはトップを目指すが、そんな奥の深い競技だけに、転向してからわずか3年でリオパラリンピックに出場することになろうとは、思ってもいなかった。だが、海外選手のランキング変更に伴って今年4月にバイパルタイト(編注:ランキングでの直接選出枠から外れている選手を対象に、国際パラリンピック委員会が認定する出場枠)での出場が決まり、「まさか、と思いました。現在の職場にも“東京を目指す”とアピールして入社したんです。その“東京”も根拠があるわけじゃなかったけれど、すごく応援してくれて。その恩を、いったんリオで返せるっていうのは、すごくうれしかったですね」

アスリート雇用を希望する選手と企業をマッチングする日本オリンピック委員会(JOC)の「アスナビ」事業を利用して2014年に入社した乃村工藝社では、トレーニングも仕事として認められている。具体的なサポートとしては、コーチがおらず個人でジムに通うなど自己流で競技に取り組む西崎のために、会社にトレーニングルームを設置。そこに、国際パラリンピック委員会(IPC)公認の競技用ベンチ台を購入して置き、社内でも強化が図れるよう工夫した。

また、西崎と同じクラスの強豪選手がいるベトナムチームと合宿する機会を作り、ベトナム人コーチに聞き取りをして、西崎に合った練習メニューの開発まで行った。さらに、社員が一緒に競技を楽しむ「パワーリフティング部」を社内で結成。西崎と社員が触れ合う機会が大幅に増え、西崎が出場する大会には、その「仲間たち」が応援に駆けつけるようになった。

「僕にとっては相談できる相手ができただけでもプラス。個人競技ではありますが、“ひとりじゃない”って思えるのはすごいことです」と西崎。会社や社員と信頼関係を築けたことが急成長につながったと実感しており、「本当にありがたい」と充実の環境に感謝する。今回も、社員が横断幕や寄せ書きを持参してリオに来ていた。納得いく結果が出せず心が折れかけたが、“いつもの声援”に励まされ、最後までやりきることができた。

パワーリフティングでは、バーベルを挙げる際の肘の曲がりやブレなどが厳しくチェックされる。さらに競技レベルが上がるであろう4年後の東京では、誰もが認めるような正確な試技で、メダル獲得を目指すつもりだ。今度こそ最高の舞台で輝くために、「一からやり直します」と誓った西崎。その第一歩目は、ここリオの地から始まる。

(取材・文/荒木美晴、撮影/吉村もと)