車いすテニス — 2025/9/28 日曜日 at 21:23:15

【JO2025】荒井が準決勝でユソフを撃破! 決勝はセンターコートで小田と対戦

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シングルス準決勝でフルセットを制した荒井=有明テニスの森公園コート(撮影/植原義晴)

「木下グループ車いすテニスチャンピオンシップス2025」が28日、シングルス準決勝が行われた。世界ランキング19位で第2シードの荒井大輔(BNPパリバ)は、同36位のモハマド・ユソフ(マレーシア)に6-1、5-7、6-2で勝利し、自身初の決勝に駒を進めた。

第2セット、荒井は先に相手にブレークを許すも、そこから3ゲームを連取。だが、その後はミスが続き、またサーブの確率も落ち、このセットを落としてしまう。実は腰に痛みを抱えており、メディカルタイムアウトを要求した荒井。迎えたファイナルセットは、回復に伴って、手打ちになっていたショットやサーブも改善。4度のブレークに成功し、勝ち切った。決勝は有明コロシアムで実施される。荒井は「ジャパンオープンのシングルス決勝をセンターコートでやるのは夢のよう。これまでパラリンピックを含め、3度センターコートでプレーをしているが、実はまだ負けたことがない。たくさんのお客さんに観てもらいたいし、いいプレーを見せたい」と、力強く語った。

準決勝のもうひと試合は、世界ランキング1位で第1シードの小田凱人(東海理化)が同32位の髙野頌吾(かんぽ生命)を6-1、6-0で下した。立ち上がりから存在感を見せたのは高野だ。小田の強烈なサーブを冷静に見極め、相手のボディ周りに打ち込んで返球が甘くなったところを決め、またリターンエースでもポイントを奪取。第1ゲームでいきなりブレークに成功した。その後は連続ポイントを許してストレートで敗れたが、髙野は「凱人が苦手な足回りやリターンエースは狙っていた。すごく上手にプレーできたと思うし、すごく楽しかった」と振り返った。

6歳の時に病気のため両下肢の機能を失い、また体幹も効かない髙野は、「おそらく世界ランク50位以内の選手のなかでは一番障害が重い」。だからこそ、自分がより高みに行くことで観ている人に感動を与えたいという気持ちが大きい。高野は「障害が重い自分なりにプレーを磨いてきた。いつか大きな舞台で勝って、実力を証明したい」と言葉に力を込める。ジャパンオープンは3回目の出場。「ATP500の大会でプレーする機会はなかなかないので、大きな楽しみのひとつになっている。車いすテニス界のレベルも上がっているので、そこで戦う姿をまたお見せしたい」と、笑顔を見せていた。

髙野と小田の対戦は、2023年のダンロップ神戸オープン以来、約2年ぶり。小田は「髙野選手とは久しぶりに対戦したけれど、序盤から強いボールを打ってきてこれまでのプレースタイルから変えてきたなと感じた。苦戦した部分もあったけれど、自分のパワーで押し切れたし、スコアもまとまっていい試合ができたかなと思う」と振り返った。小田は3度目の優勝をかけて決勝に臨む。

大接戦のダブルス準決勝で白星を掴んだ藤本(左)・河野組

また、この日からダブルスがスタート。準決勝2試合が行われ、藤本佳伸(GA technologies)/河野直史(ロイヤリティマーケティング)組が川合雄大(エヌエヌ生命保険)/城智哉(森六)組を4-6、6-3、12-10で破り、決勝に進出した。もうひと試合は、髙野/ユソフ組が齋田悟司(シグマクシス)/菅野浩二(広島建設)組を6-2、6-3で下した。

齋田と菅野は今大会はダブルスのみのエントリーとなった。齋田はアテネパラリンピックのダブルスで金メダル、北京・リオ大会でそれぞれ銅メダルを獲得しているレジェンド。また、菅野はクアードクラスの日本代表として東京2020大会に出場し、ダブルスで銅メダルを獲得している。菅野はその後、クラス分け変更により男子カテゴリーでプレーしており、今大会は男子選手として聖地・有明に凱旋した形だ。試合には敗れたが、菅野は「東京パラ以来の有明でプレーすることになり、最初から手汗がすごかった」を苦笑いを浮かべ、「後半はふたりの息が合ってきた。最後の決め球の精度を欠くところがあったのが残念だったけれど、楽しくプレーできた」と振り返った。

また、この試合は午後4時を過ぎてからの開始となり、ナイター用の照明も灯されるなか、多くの観客が見守った。齋田は「ATP500という大きい大会で車いす部門をやり続けてもらえているのは、我々選手としては車いすテニスをアピールするすごく大きな場。今では車いすテニスを観に木下ジャパンオープンに来てくれる人もいる。今年はとくにアラカラス選手も来ているから、その流れで車いすテニスを見てくれる人もいる。それは選手にとってとても意義のあること。ぜひこれからも共催していただけることを願っている」と結んだ。

(取材・文/荒木美晴、写真/植原義晴)